項目別「里ふくろう草紙」

旅行

パリの休日

パリの休日_エッフェル塔

新型コロナ流行はいっこうに収まる気配はないが、首都圏1都3県の緊急事態宣言は21日に解除されるらしい。しかしそれでも遠出がままならない日々はまだまだ続きそうだ。

 

国内旅行に出かけるのにもためらいめらいがつきまとうコロナ禍の昨今、海外旅行などに考えが及ぶことは久しくない。そんな折、生涯に亘ってパリの街と人をとり続けた写真家ドアノーの写真展の告知を見たり、「迷宮グルメ 異郷の駅前食堂」という番組で、あの「ひろし」がフランスはパリなんぞを歩き回る様子をうらやましく見たこともあって、退職後に行ったパリの街が懐かしく思い出されたのだった。

 

パリに行ったのは、もう十年ほど前のことになる。外国に行くと何もかもが珍しく、パチパチとシャッターを切ることが多くなる。ましてや芸術の都パリである、かなりの枚数の写真を撮った。その中から厳選して、いや厳選などというとご覧に入れる写真がなくなってしまいそうなので、自分で気に入った写真を選んで、パリの街をフォトトラベルしてみよう。

 

【エッフェル塔】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年03月17日パリ:パリパリの休日:パリの休日

パリの休日_凱旋門

凱旋門とは本来「戦勝記念碑」のことで、パリだけでもいくつか存在するが、その中でも「エトワール凱旋門」が特に有名で、単に凱旋門というとこの「エトワール凱旋門」を指すということだ。

 

シャンゼリゼ通り西側の入り口から地下道を通りらせん階段を利用して、展望階までのぼる。かなり急な階段で息が上がったことを覚えている。

 

 

 

『この凱旋門を中心に、シャンゼリゼ通りを始め、12本の通りが放射状に延びておりその形が地図上で光り輝く「星=étoile」のように見えるので、この広場は「星の広場(エトワール広場) la place de l'Etoile」と呼ばれていた。』(ウィキペディア)。そこから「エトワール凱旋門」呼ばれるようになったそうだ。

 

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下の写真は青空のもとで撮ったように見えるかもしれないが、日没前後の数十分の間に撮影した。その頃の時間帯は、マジックアワーと呼ばれ、まずゴールデンアワーが訪れ、次にブルーアワーとなる。たまたま凱旋門にのぼろうとした時にブルーアワーとなり、真っ青な空を背景にした写真を撮ることができた。

 

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前回のブログでは、展望階からエッフェル塔方面を見て撮った写真を掲載したが、今回は別角度から撮った写真を載せることにする。

 

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シャンゼリゼ通り東南に位置するチュイルリー庭園、その東の端に「カルーゼル凱旋門」がある。これも「戦勝記念碑」であるが、エトワール凱旋門の半分ほどの大きさである。

 

写真下部に、ルーブル美術館のピラミッドが見える。

 

 

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2021年03月18日パリ:パリパリの休日:パリの休日

パリの休日_シャンゼリゼ通り

フランスのパリとその近郊を含む16県で、今日二十日から一ヶ月のロックダウンに入るそうだ。二回目のロックダウン解除から三ヶ月後に、三回目の24時間外出禁止となってしまった。18日の新規感染者数がなんと3万8000人に達したということだから、当然の措置なのだろう。外出できるのは、生活必需品の購入や自宅から10キロメートル以内での運動のためだけに限られるということだ。

 

むかしダニエル・ビダルが歌った「オー・シャンゼリゼ」というフレンチポップスがはやったことがあった。

 

YouTubeにこんな動画が載っていた。

 

  Les Champs-Élysées(オー・シャンゼリゼ)

         /ダニエル・ビダル(歌詞付)

 

歌詞の一節には、こんな一節がある。(訳詞:佐々木南実)

『大通りを歩いていたら なんだか心が弾んできて』

『誰でもいいから「ボンジュール」って言いたくなった』

『晴れても 雨でも 昼でも 夜でも』

『欲しいものは何でもある それがシャンゼリゼ』

 

軽快な曲にのって、こんなふうに歌われていたシャンゼリゼ通りも、ロックダウン中は人通りが絶えてしまうことだろう。

 

歌はこんなふうに続く。

『エトワールからコンコルド広場へ』

『鳥たちが 愛を歌う』

 

この歌詞にあるように、シャンゼリゼ通りはエトワール凱旋門からチュイルリー公園の手前にあるコンコルド広場まで続く。

 

 

凱旋門の東側にシャンゼリゼ通りが延びる。

 

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コンコルド広場へ

 

2021年03月20日パリ:パリパリの休日:パリの休日

オー・シャンゼリゼの「オー」について

ある時まで、オー・シャンゼリゼの「オー」は感嘆詞の「オー」だと思っていた。ところがそうではなかった、フランス語をちょっとかじったことがある人なら、そんな間違いはたぶんしないと思うが…

 

フランス旅行から帰って、また写真を撮りにフランスに行くことがあるかもしれない、その時のためにフランス語の勉強をしておこう、そんなふうに思い立って、エクステンションスクールのフランス語講座を受講したことがあった。

 

その時教えてくれたのが、ある大学のフランス語の先生だった。前期・後期と通ったのに、ちょっとした日常会話さえ身につかなかった。毎回、学生に教えているような文法の授業ばかりだったのだ。そういう授業でも、雑談風に話してくれたことが、よくあるように記憶に残っているものだ。

 

そんな雑談の中で覚えているのが、オー・シャンゼリゼの「オー」についての話だった。先生曰く、日本語の歌詞を聴いていると、「オー」は感嘆詞だと思ってしまいがちではあるが、そうではないと。

 

日本語バージョンのオー・シャンゼリゼ

 

オー・シャンゼリゼをフランス語で表記すると、

 Aux Champs-Élysées

となって、オーに当たる言葉は「Aux」である。

それでは「Aux」とは何ぞや?

それは前置詞と定冠詞の縮約形で、

 à + les → aux

という具合に変化する。

「à」は場所を示す前置詞、「les」は定冠詞の複数形。

 

そうでした、定冠詞は、男性名詞につく場合は「le」、女性名詞は「la」、複数の場合は「les」でした。「ル・ラ・レ」「ル・ラ・レ」と一生懸命暗記しました。それにしても、シャンセリゼはなぜ複数になるのか、今さらながら疑問に思うのでした。

 

ともかく「オー」は「aux」で、「シャンセリゼにて」とか「シャンセリゼに(行こう)という意味になるということです。

 

今回シャンセリゼのことを書くために、いろいろな動画を観た。ダニエル・ビダルは日本人と結婚して10年以上日本で暮らしたことがあることなども、何十年間かの時を経て初めて知った次第である。だからってどうってことないですけどね。

 

〜親日派のスタアたち〜 Daniele Vidal 編

 

里ふくろうコムのスピンオフのサイトとして、新たに「里ふくろうウェブマーク」開設してみました。主としてYouTubeなどの動画サイトにアップされている動画を、あるテーマにそってまとめたサイトです。

 

まず手始めに、ダニエル・ビダルの日本でヒットした曲をまとめてみました。興味のある方はそちらをご覧ください。このページの左サイドバーの上の方に「里ふくろうウェブマーク」というリンクボタンをを設けてあります。

 

 直リンクはこちら

 

2021年03月21日パリ:パリパリの休日:パリの休日

パリの休日_チュイルリー公園

チュイルリー公園を訪れた日はちょうど休日、園内ではノンビリと思いおもいに過ごす姿が、いたる所で見うけられた。

 

 

パリの街にこんな穏やかな日常が戻るのは、いつのことなんだろうか。

 

 

2021年03月23日パリ:パリパリの休日:パリの休日

ドアノーの写真展カタログ

1都3県に対して2週間延長された緊急事態宣言は、その効果が疑問視される中、予定された期限の3月21日が来て、再延長されることもなく終了となってしまった。

 

かねてから観に行きたいと思っていたドアノーの写真展は3月31日まで、コロナ感染状況が好転したら行こうと感染者数を注視していたが、一向に減少しないどころか変異株が出てきたとかで、増加してしまった。ということで、とうとう断念せざるを得なくなってしまったのだった。

 

 「写真家ドアノー/音楽/パリ」

 

今はありがたいサービスがあって、会場で販売されているカタログをネットで注文して取り寄せることができるのだ。写真展のカタログが手に入れば、現地に行かなくても会場に展示された写真のすべてをみることができる。

 

写真奥の本は、以前手に入れたドアノーの写真集

 

2021年04月06日日乗:日乗写真:写真パリ:パリパリの休日:パリの休日

サンジェルマン=デ=プレのジュリエット・グレコ

写真展「写真家ドアノー/音楽/パリ」のカタログは、まだ無名だった頃のジュリエット・グレコの写真が表紙となっている。パリのサンジェルマン=デ=プレで1947年に撮影されたというキャプションがついている。

 

(クリックして写真展のページにジャンプ)

 

この写真一枚からいろいろなことが分かってくる。背景に写っている建造物は何か、場所がサンジェルマン=デ=プレであること、その形状から「サンジェルマン=デ=プレ教会」であることはちょっと調べればすぐ分かる。現存するパリ最古の教会である。

 

この写真は、どの角度から撮影したのだろうか。それを確認したくてGoogleマップで調べてみた。ドアノーが撮影した年からもう70年以上経っているが、日本のように地形を変えてしまうような大規模開発は行われていないはずから、ある程度の見当はつくはずである。

 

ストリートビューを使って、教会周辺を行ったり来たり、かなり歩き回った。足は疲れないが目が疲れた。そしてやっと見つけたのだ。

 

ドアノーが撮影したサンジェルマン=デ=プレ教会

 

さらに場所を限定したくて、写真の下部に写っている長細い石状のものに注目した。これは何だろうか。

 

教会の尖塔の先端を入れるために、視点をイヌより下げて撮っている。そのような低い位置から撮るには、地面に伏せても難しいだろう。例えば、地下に続く階段に身を沈めて撮ったとは考えられないだろうか。その細長い石状のものは、階段の最上部の地上へと続く部分なのだ。

 

街中にある地下に続く階段…それは地下鉄の出入り口なのかもしれない。サンジェルマン=デ=プレ教会は、メトロ4号線「サンジェルマン=デ=プレ駅」の近くにある。駅ができたのは1910年のこと、ドアノーが撮影したのは、それから30年以上あとのことだった。

 

そこで再びストリートビューで教会周辺を歩き回った。地下鉄の出入り口は見つかったものの、そこからでは教会の見え方が違ってしまう。ストリートビューでは見えない場所にも、地下鉄出入り口があるのかもしれないが、残念ながらこれ以上バーチャル空間で調べるのは無理だった。

(続く)

 

2021年04月07日写真:写真パリ:パリパリの休日:パリの休日

サンジェルマン=デ=プレのジュリエット・グレコ(続き)

次のYouTubeの映像は、1991年11月8日に昭和女子大学人見記念講堂で行われたコンサートの模様です。


パリの空の下ほか  ジュリエット・グレコ
(2012/12/03、eri3musashi)

 

ジュリエット・グレコといえばフランスを代表するシャンソン歌手、ドアノーはどうして彼女の無名時代の写真を撮ることができたのだろうか。

 

ウィキペディアによれば、ドアノーがグレコを撮った1947年当時は、彼女はパリ6区セルヴァンドニ通りの家に身を寄せていた。そこからは、数分歩けばサンジェルマン=デ=プレ教会近辺に行くことができる。犬を連れて散歩に出かけることもあったのだろう。そのころドアノーが、どのくらいの頻度で街歩きをしながら写真を撮っていたのかは判然としないが、たまたま教会のあたりで、オーラを身にまとった二十歳のグレコと遭遇したと想像することは許されるだろう。

 

ドアノーはこう思ったはずである(たぶん)。

…彼女の写真を撮りたい。だけど面識のない30半ばの自分が、若い女性に「写真を撮らせてくれませんか」と声を掛けるのははばかれる。そうだ、犬を撮らせてもらおう、それなら頼めそうだ。犬を撮りながら、画面の中に彼女を入れ込もう…

 

あくまでも想像ではあるが、根拠がないこともないのである。猫とか犬の写真を撮るときは、動物の目線に合わせるためにカメラを低く構える。もし彼女を主役に据えて撮るのであれば、もう少し高い位置から撮るはずである。それでも教会を背景に入れることは可能であろう。低く構えて撮っているということは、つまり犬を撮るために、カメラの位置を犬に合わせているのである、

 

また、こんなことも読み取れる。その写真の場所には、犬にとって興味深いものがあって、動きたくないと駄々をこねているのかもしれない。あるいは、女性は犬の写真を撮らせてくださいと頼まれて、犬の顔をカメラの方に向けようとする。しかし、犬はイヤだイヤだとわめいて顔を背けているのかもしれない。女性の視線・表情から想像するに、どうも後者のように思えてならない。そうなのだ、ドアノーは犬の写真を撮らせてくださいと頼んだのだ。

 

この写真の中のグレコは、大きすぎるコート、そしてズボンは折り目がきちんとついた男物を身につけていて、いわば男装をしているようにも見える。しかし男装趣味があったとかということではなく、戦後間もない頃で、不如意な暮らしをせざるを得なかった身としては、ありあわせの男物の黒い服を借りて着るより仕方がなかったということのようだ。

 

ドアノーが写真を撮りたいと思ったのは、男物の服を着ている姿が妙に似合っていて、それがドアノーの写真家としての撮影意欲を刺激したのかもしれない。そして、この時のような黒ずくめの服装が、後に「サンジェルマンスタイル」として定着していったと言われている。

 

2021年04月07日写真:写真パリ:パリパリの休日:パリの休日

ルーブル美術館

カルーゼル凱旋門を抜けて少し進むと、ルーブル・ピラミッドが見えてくる。

 

 

このピラミッドについては反対意見もあったと聞くが、今は受け入れられているのだろうか。

 

映画「ダ・ヴィンチ・コード」の冒頭場面では、ルーブル美術館がロケ場所として多用されている。その場面でこのピラミッドについて、こんな台詞があった。
「パリの顔にできた傷だ」

 

 

「ダ・ヴィンチ・コード」は、いわゆる「聖杯伝説」を扱った作品といって良いのだろうか。宗教が関わってくるから、当方のような無宗教のものには一度見ただけでは今ひとつ分からない点がある。ただ、ルーブル美術館の場面はストーリーとは別のところで興味を惹きつけられた。

 

ピラミッドの下には、入り口・ショッピングモールなどがある。

 

 

【ミロのビーナス】

1964年に日本で公開されたことがあった。

 

ミロのビーナス特別公開

 

西洋美術館

 1964(昭和39)年4月8日- 1964(昭和39)年5月15日

 出品点数: 彫刻1点

 入場者数: 831,198 人
 巡回先: 京都市美術館

 (西洋美術館のウェブページ「過去の展覧会」より)

 

観に行ったときの記憶はかなり薄れてしまったが、ものすごい行列でわずかな時間しか見られなかったと思う。ミロのビーナス1点を観るためだけに、なにしろ83万人を超える人が詰めかけたのだから、そういうことになってしまうのは当たり前のことだ。

 

ルーブルでは、その時のことがウソのように落ち着いた雰囲気の中でじっくりと見ることができた。おまけに写真まで自由に撮れた。

 

 

2021年04月10日パリ:パリパリの休日:パリの休日

ルーブルのアーケード街を散策する

ルーブル美術館は、元々は美術館ではなかった。美術館として整備される前は、要塞であり宮殿であったそうだ。だから、いわゆる美術館とは建物の構造がかなり異なっている。そのため、ざっくりいえば、普通の美術館が平面的に順路が設けられているのに対して、ルーブルは直線的に観ていくということになる。

 

ピラミッドに向かって左側(地図の上部)が「リシュリュー翼」、右側(地図の下部)が「ドゥノン翼」、正面が「シュリー翼」と呼ばれている。美術に関する知識などたいして持ち合わせていない当方でも知っている有名な作品は、「ドゥノン翼」に展示されている。例えば、「ミロのヴィーナス」「モナ・リザ」「サモトラケのニケ」などである。

 

ルーブルのマップを見ての通り、「リシュリュー翼」「ドゥノン翼」は直線的に長く延びている。そこを歩けば、まるで両側が美術品で飾られたアーケード街を散策しているように感じるのである。

 

 

 

 

 

 

2021年04月11日パリ:パリパリの休日:パリの休日

ルーブルのポイ捨て?

館内を歩いていると、

「何でこんな所にこんな物が!」

と思わず口にしたくなるような物が転がっていることがあった。

 

 

通路のスミの方に転がっているのは、どう見てもフランスパンだな、かじったあとが見えないところをみると、食べ残しをポイ捨てしたのではないのだろう。となると、どうしてこんな所に…

 

笑いながら写真を撮っている様子を不審に思ったのか、黒いスーツをビシッと決めた警備員と思われる人が、こちらを注視していた。

2021年04月11日パリ:パリパリの休日:パリの休日

サモトラケのニケからモナ・リザへ

ルーブル美術館の建物配置概略図

 

上が「リシュリュー翼」、下が「ドゥノン翼」、右が「シュリー翼」

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展示室703:サモトラケのニケ



展示室711:モナ・リザ

 


2021年04月13日パリ:パリパリの休日:パリの休日

ノートルダム大聖堂

最終更新日:2021.4.24

パリのノートルダム大聖堂で大規模火災が発生したのは、現地時間で2019年4月15日夕方のことだった。当時改修工事が行われていて、その関係が原因だったのではないかと言われている。

 

寺院の南側、屋根の尖塔が崩落したが、寺院に保管されていた文化財・美術品などは、消失を免れたものもあるという。5年以内に再建する計画だということだけれど、新型コロナの感染者の増加で、三回ものロックダウンが実施されて、計画通りに再建できるのだろうか。

燃える尖塔

火災直後のノートルダム大聖堂内部の写真、破壊と希望の20枚(追加)

ノートルダム大聖堂火災から2年 コロナ影響、修復に入れず(追加)

 

地下鉄の最寄り駅は「CITE駅」、そこからノートルダム大聖堂には徒歩で向かった。

 

以下の写真は、2009年10月に撮影したものである。

 

 

 

 

2021年04月23日パリ:パリパリの休日:パリの休日

ヴェルサイユ宮殿

旅番組で、『ひろしです』の「ヒロシ」さんがフランスのパリを訪れたとき、ヴェルサイユ宮殿にも立ち寄った。立ち寄ったといっても、門の所までで、その辺り出会った現地の人と、フランス語など分からないはずなのに、笑いながら言葉のやりとりをしていた。意思疎通が正確にできていたかどうかは別にして、言葉も分からない異国の人と談笑するなんて、ほんとうに摩訶不思議な光景だった。

 

かく言う私も、外国で何回か話しかけられたことがあった。夫人の方が英語は堪能なのに、どうして当方が声を掛けられるのか、いまだもって不思議でならない。

 

アメリカのグランドキャニオンでも、同じような年格好の男性から声を掛けられたことがあった。貧弱な英語力ではよく聞き取ることはできなかったが、どうやらグランドキャニオンについて説明してくれているようだった。

 

「英語は話せないんです」ぐらいは英語で言えるが、それを言い出すきっかけもつかめないまま、取りあえず時々うなずきながら聞いていた。こういう態度が良くないのだろう、分かっていてくれるものと思い込んで、さらに話を続ける。

 

ただ黙っているだけでは悪いので、時々分かる単語が出てくると、それをオウム返しに繰り返して言ってあげる。相手はうれしそうな顔をして、さらに話に熱がこもる。そのようなやり取り(やり取りとは言えないかもしれないが)がしばらく続いてから、やっと解放してくれるのだった。たぶんその人は、当方のことを英語がよく分かる人間だと思ったまま去って行ったことだろう。

 

さて、「ひろし」さんは入場料をとられるのを口実に、宮殿内には入らなかった、それが正解だったのでしょう、入場しても番組内容からすれば、取れ高は期待できそうににもなかったから。

 

当方が参加した見学ツアーは、日本語に堪能なフランス人ガイドさんの案内で、宮殿内をゾロゾロと見てまわった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年04月24日パリ:パリパリの休日:パリの休日

パリの休日